冷水浸水時の低体温症
「冷水浸水時の低体温症 Survival time during cold water immersion (R20924) 」を公開しました。
大城和恵 / 全身が冷水に浸水した場合の生存時間
Kazue Oshiro / Survival time during cold water immersion 24 September 2020
全身が冷水に浸水した場合の生存時間
Survival time during cold water immersion
山岳医療救助機構 代表
北海道大野記念病院循環器内科・山岳外来
日本大学医学部 兼任講師 大城和恵
全身が浸水して濡れ続けた状態での生存は、個体差(体のサイズ、脂肪、震えの反応、耐寒性など)、行動応答(心理、行動、姿勢)、技術的要因(衣類、防護具)[参考文献 1,2]、年齢、事故時の衣服、個人用浮遊装置(PFD /ライフジャケット)の着用有無、水温、水域(内陸、沿岸、内陸および沖合)[参考文献 3]に依存します。これまでに、実験モデルCold Exposure Survival Model(CESM)による予測生存時間の検討[参考文献 4,5]、捜索の継続を判断する一助としてthe Probability of Survival Decision Aid (PSDA)による生存時間予測[参考文献 6]など、個々の生存時間をより正確に決定するツールが発展してきました。
実際に報告されている冷水での生存可能時間は、救助された時点までの生存時間を反映しているため、生体の生存限界を示した時間ではありません。一方、冷水で死亡後に救助された場合は、目撃者がいれば生存限界時間(死亡までの時間)が記録されます。
ここでは、体温低下の速度に関わる科学的事実、実際の事例で確認された死亡までの生存時間、要因によらず生存救助までに観測された生存時間からの予測生存時間を提示します。生存限界時間は個々の要因が異なることから幅がありますが、生存限界に至る最短時間を知ることは、教育や自助に活用し得るものです。
冷水での生存に関する最初のデータは、Molnar らが第二次世界大戦の米海軍の医療報告に基づき、海難事故からの生存者の海水温度と浸水時間の正確なデータのみを使用し水温と生存時間のグラフを示しました(図1)[参考文献 7]。水温7℃以下でのデータが少なく、10℃以下ではナチスの浸水実験データを採用しました。この報告では、水温15℃以下に生体が浸水すると、急速に生存率が低下することが初めて示されました。その後、Hayward らは浸水例から分析した冷却速度により導き出した計算式を用い(図2)[参考文献 8]、Golden らは実験データと船と航空機事故の生存者データとを使用して生存時間を示す曲線を作成[参考文献 9]、Tikuisis らは水温に対する深部体温の冷却速度から予測式を作成[参考文献 4]し、予測生存時間を示しています(表1、2)。これらは報告によりバラ付きがあり、あくまで目安としての活用が好ましいとされています[参考文献 10]。
次に、防護服着用時の予測生存時間としてWisller による報告を示します(図3)[11]。これは、8℃と11℃の冷水で3時間浸水した実験からの予測生存時間であり、事故時に防護服が着用できていない事例を含んだ結果に比べ、明らかに生存時間は長く、海面が穏やかな方がさらに生存時間は長いことがわかります。この結果は、個人単位の生存確率を予測する場合に活用することができます。
図4に、The UK National Immersion Incident Survey(UKNIIS) の1991年から蓄積された1593例を分析し、予測生存時間(PSDA)の予測式によるグラフを示します[参考文献 6] 。0°C、5°C、10°C、15°C の水にシミュレーションモデル100人が浸水した場合の予測生存時間を算出しています。これは、人口ベースの生存確率として、多数の犠牲者が関係する事故や災害の際に生存者の数を予測する手段を提供可能とし、Wisllerの個人ベースの予測生存時間とも合致します。水温が低いほど、曲線は下方に直線化しており、わずかな時間経過で犠牲者が急増することがわかります。実際の事故事例での生存時間とPSDA で算出した予測時間を比較すると、近似する例もある一方で、予想外の行動(パニックなど)でより速く死亡している例や、より長く生存し生還している例があります[参考文献 12]。これは、PSDAの計算式が、個体特徴、着衣など多くの情報を必要とすることで、その精度を高めていることによります[参考文献 6]。次に、Molnar の既存のデータ(図1)に、目撃された死亡事例21例(表3)を集めデータを追加した予測最大生存時間曲線を示します(図5)。このグラフの予測最大生存時間曲線は、人が近づくことができない限界として使用が可能です[参考文献 2]。この曲線を超えて生存できる場合は、防護服による保護、高体重、部分的な浸水などの保護的な要因が関与すると考えられます。
捜索救助活動時間は、50%の生存率が可能な時間の6倍の時間を上限(5℃,50%生存可能性が1 時間なら捜索時間上限は6時間、10℃,50%生存可能性が2時間なら捜索時間上限は12時間)として活動する目安を推奨しています[参考文献 13]。
参考文献
- Hypothermia Prevention: Survial in Cold Water | Minnesota Sea Grant n.d. http://www.seagrant.umn.edu/coastal_communities/hypothermia (accessed September14, 2020).
- Xu X, Giesbrecht GG. A new look at survival times during cold water immersion. J Therm Biol 2018;78:100‒5. https://doi.org/10.1016/j.jtherbio.2018.08.022.
- McCormack E, Turner CA, Tipton MJ. THE PREDICTION OF SURVIVAL TIME IN WATER, The 13th International Conference on Environmental Ergonomics,Boston (USA):2009, p. 5.
- Tikuisis P. Prediction of survival time at sea based on observed body cooling rates. Aviat Space Environ Med 1997;68:441‒8.
- Tikuisis P. Predicting survival time for cold exposure. Int J Biometeorol 1995;39:94‒102. https://doi.org/10.1007/BF01212587.
- Xu X, Amin M, Santee WR. Probability of Survival Decision Aid (PSDA): Fort Belvoir, VA: Defense Technical Information Center; 2008. https://doi.org/10.21236/ADA478331.
- Molnar GW. Survival of hypothermia by men immersed in the ocean. Journal of the American Medical Association 1946;131:1046‒1050.
- Hayward JS, Eckerson JD, Collis ML. Thermal balance and survival time prediction of man in cold water. Canadian Journal of Physiology and Pharmacology 1975;53:21‒32.
- Golden SCFSC. Hypothermia: a Problem for North Sea Industries. Occup Med (Lond) 1976;26:85‒8. https://doi.org/10.1093/occmed/26.3.85.
- Mike Tipton, Adam Wooler. Cold Water Immersion. vol. Chapter: 6. 1st ed. CRC PressEditors; 2016.
- Wissler EH. Probability of survival during accidental immersion in cold water. Aviat Space Environ Med 2003;74:47‒55.
- AM Steinman, GG Giesbrecht. Survival Modeling, Cold water survival, Immersion into cold water. Auerbach's Wilderness Medicine 7th edn. Elsevier Health Sciences; 2016.
- Tipton M, Frank Golden. Chapter 7 SURVIVAL TIME IN COLD WATER.pdf. 1st Edition. Human Kinetics; 2002.
- Keatinge WR. Survival in Cold Water. Illustrated Edition. Oxford, Edinburgh: Blackwell Science Ltd; 1978.
- Nunnely, SA, Wissler, WH. Prediction of immersion hypothermia in men wearing anti-exposure suits and/or using liferafts. AGARD-CP-286, A1-1-A1-8.; n.d.
- Allan, J.R. Survival After Helicopter Ditching - A Technical Guide for Policy. Makers. International Joint Aviation Safety 1983;1:291-296.
- E. C. B. Lee, Kenneth Lee. Safety and survival at sea. Norton; Revised Edition; 1980.
著者情報
大城和恵 Kazue Oshiro
資格・専門
医学博士, 山岳医療修士
Fellow of Academy of Wilderness Medicine (北米Wilderness Medical Society)
Diploma in Mountain Medicine
日本循環器学会認定循環器専門医
日本内科学会認定内科専門医
日本スポーツ協会公認スポーツドクター
日本プライマリ・ケア連合学会指導医・認定医
日本医師会認定産業医
役職
文部科学省南極地域観測統合推進本部委員
総務省消防庁消防大学講師
北海道警察山岳遭難救助アドバイザー医師
富山県警察山岳遭難救助アドバイザー医師
長野県山岳遭難対策特別アドバイザー医師
公益財団法人日本山岳・スポーツクライミング協会医科学委員常任委員
公益財団法人北海道体育協会スポーツ科学委員
一般社団法人日本登山医学会第2副会長
勤務先
山岳医療救助機構 (東京、札幌)
社会医療法人 孝仁会 北海道大野記念病院(札幌)
日本大学医学部 兼任講師(東京)
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