山岳医療救助情報

山岳医療救助情報

Mountain Medicine and Medical Rescue Information

ICAR低体温症

IKARによる低体温症の現場での治療勧告

The Medical On Site Treatment of Hypothermia (using Swiss Society of Mountain Medicine 1998)
IKAR 1998 edited 2001

IKAR (国際山岳救助協議会)による低体温症の現場での治療勧告 1998, 2001編

Bruno Durrer, Hermann Brugger, David Syme
Intended for First Responders and Emergency Physicians
訳(文責):UK DIMM 大城和恵 2010.12.1

(1)序文

怪我を負うと低体温症のリスクが増加する。山でおこる低体温症の共通した病因は、高所・風への暴露である。
この勧告は、多くのレスキューステーションを有するヨーロッパアルプスに適している。他の地域ではその地域ごとの救助組織や医療設備にこれらの勧告を適応させなければならない。
ここでは、現実的な救助と、非医療従事者が救助する際の指示として、低体温症を5段階にステージングしている。評価項目には、意識の程度、震えの有無、心臓の活動性、核心温を用いる。山岳事故では、可能であれば核心温が計られるべきである。核心温が異常に早く低下する場合は、重大な外傷が隠れているか疑ってみること。

低体温症を疑ったら何を診るか?
  • 意識の程度
  • 震え(Shivering)の有無
  • 心臓の活動性
  • 核心温(Tco) : 計れたら
温度測定で加味すべきポイント
  • 食道温:食道は大動脈の裏にあり核心温を反映する
  • 直腸音:タイムラグがある
  • 鼓膜音:末梢で循環がよくない部位であり、かつ環境の影響を受け低くでてしまう
外傷時には、異常な速度で体温は低下する

図1

(2) 現場での治療優先順位(triage) --死亡者を見極める

心停止した重症低体温症者は数時間の心停止後でさえ、蘇生に成功しうる。それゆえ、救助医は現場で死亡判定する前に、低体温症Ⅳ°を除外しなければならない。心電図と野外での体温計(ⅡⅢは鼓膜音でも可・ⅣⅤは食道温を推奨)は一助として用いられる。間違った蘇生の指示は救助チームを不必要なリスク下におくことになる。

致命的な外傷を除外した後、胸郭と腹部の硬直、核心温、心電図で決定する。

血清カリウム値は窒息(雪崩埋没、溺水等)を伴う低体温症に対し、近隣の病院で測定し、救助(蘇生)優先順位の基準の1つとしてだけに用いる。現場での血清カリウムの測定は、まだ議論のある点である。

近年、ある病院では、患者血液を完全にヘパリン化せずに人工心肺による復温の実施を提案し始めている。救助医は、外傷を伴う低体温症Ⅳ°なのか、外傷死に引き続いて体温が低下したのか、判断を下さなければならない。

図2

(3) 現場での治療

低体温症Ⅳ

診断が確定したら、蘇生を継続できるならすぐに開始する(挿管・人工呼吸を含む。加湿加温酸素が望ましい)。胸骨圧迫の頻度は正常体温患者と同じ。Ⅳ°の傷病者をさらなる冷却から防ぐべきかは議論すべき点がある(metabolic icebox注の状態なのか vs.核心温が非可逆性まで低下しているのか)。搬送中に核心温が非可逆性まで低下するリスクは常にある。このため、殆どの救助医はⅣ°の傷病者をこれ以上冷やさないよう適切な保護をすることが必要であると考えている。通常、保温と体幹への熱パックを用いる。静脈内への注射や点滴はⅣ°では不要であると考えられている。核心温が28℃以下では、除細動は無効と考えられている。それゆえ、心室細動患者では360Jを1回のみ試みる。Ⅳ°の傷病者は、人工心肺可能な病院に空路搬送されることが推奨される。

低体温症Ⅲ

致命的な不整脈を避ける為には非常に注意深く扱うことが必要である。Ⅲ°の傷病者は末梢の血管を見つけるのが困難であり、静脈注射をするのに通常時間を要する。静脈確保はもし遅れずにできるなら(5分以内)施行する。生理食塩水のみ注入されるべきである。Ⅲ°の傷病者が現場で挿管されるべきか否かは、議論がある。咽喉頭反射のある傷病者への挿管は、静脈確保による投薬が必要になる。これらの治療と搬送に要する時間の間にも核心温が低下するリスクと、挿管による利点とを相対評価しなければならない。Ⅲ°の傷病者においては、さらなる体温低下のリスク増加が存在する。これ以上の熱喪失を防ぐ適切な保護が、最も重要である。心電図モニターは可能であればすぐに開始するべきである。我々はⅢ°の傷病者を、積極的加温か人工心肺が可能な病院へ搬送するよう推奨する。

低体温症Ⅱ

意識障害を伴う傷病者は、大変注意深く扱う事が致命的な不整脈の回避に必要である。嚥下可能なら、液体を摂取する。温かく、甘い飲物が薦められる。注意深い監視を要する。我々は傷病者を集中治療室のある病院に搬送する事を推奨する。

低体温症Ⅰ

山の中での外傷は、しばしば軽度の低体温症を伴う。震え(shivering)を唯一のⅠ°の指標とすべきでない。濡れた衣服の着替え、温かい飲物、保温がさらなる体温低下を防ぎうる。外傷の無い傷病者は必ずしも病院へ搬送する必要は無い。
低体温症の現場での治療は、" art of the possible"である 。今後現場での核心温のデータの増加とともに、我々は最善の病院前治療と核心温の可逆性限界値について、さらに情報収集をしていくものである。

注:metabolic icebox...核心温が非常に低い状態では、心肺活動は抑制されているが安定している、という概念。この概念はスェーデン軍の教義から来るとされており、これに基づくと、冷却されて安定している心臓を28-32℃の範囲へ復温することにより、むしろVFへの感受性を高めうる、という考えである。→ しかし、心臓は冷却するほどVF閾値が低下するという報告が1957年に出ており、この概念には根拠が無い、という反論がなされている。

アルゴリズム(first responder用)

図3

アルゴリズム(emergency doctor用)

図4

※ 補足

  • 怪我の無いⅠ°は必ずしも搬送の必要は無い。
  • 意識に問題がある人は、生命を破綻させる不整脈をおこしうるので、丁寧に扱う。
  • Ⅲ°の場合は、挿管をするかしないかは、まだ議論の余地がある。反射のある傷病者はルート確保をしないと挿管できない。これらは、挿管にかかる時間と搬送までの時間との兼ね合いになる。
  • 心電図モニターは可能であればすぐに施行。
  • Ⅳ°の診断がついたら、至急、CPRを開始する。胸骨圧迫の頻度、回数は通常の体温の傷病者へと同じ。挿管はできればする。静脈確保は不要と考えられている。電気ショックAEDは28℃以下では無効であろう。360Jで1回のみ試みる。

青字:大城による注釈

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